栗園醫訓五十七則 解説(11)
一、治療に逐機、持重と云ふ二端あり。逐機は病変ずるときは方随って転ずるなり。持重は病動かざるときは泰然として一方を主張するなり。持重は常なり。猶、経と権とを知らざれば道全からざるが如し。
「故なくして処方を転ずべからず」ってありましたが、あれの続きみたいな訓です。
病の転変をみてそれに随って薬方を変えていく、これが逐機。
病が動かない時は、薬方を持続して経過をみる。これが持重。
それがなかなか我慢できず、変えてみたくなるんです。
転変ですが、木村博昭先生の傷寒論講義を参考にまとめると以下の通り。
【陽証の転変】
太陽病→適切な治療→太陽病として治癒。
↓治癒しないとき ※誤治ではない
↓半表半裏に及ぶ
少陽病→適切な治療→少陽病として治癒。
↓治癒しないとき ※誤治ではない
↓裏に及ぶ
陽明病→適切な治療→陽明病として治癒。
※陽明病は陽証転変の極にして此れより他に転変することなし。
→例外として過度な下剤による厥陰への転変。
※太陽に於いて邪熱の勢盛んなるときは少陽病を経ずして直ちに陽明に転ずることあり。
太陽病
↓誤下(誤って下剤を用いる)、或は発汗過度
↓ ※太陽に下剤は禁忌
少陰病に転ず
少陽病
↓誤下(誤って下剤を用いる) ※少陽も下剤は禁忌
厥陰病に転ず。或は太陰病、少陰病に転ずることあり。
陽明病→転変なし。
例外)下剤を過度に用いるとき→厥陰病に転ずることあり。
【陰証の転変】
陰証は大概陽証の誤治より来る者なり。
太陰病→適切な治療→太陰病として治癒。
↓治癒しないとき ※誤治ではない
↓
少陰病→適切な治療→少陰病として治癒。
↓治癒しないとき ※誤治ではない
↓
厥陰病→適切な治療→厥陰病として治癒。
↓(治癒しないとき ※誤治ではない)
(死に至る)
傷寒の初発において少陰病と為ることあり。転変より来る少陰病に対して、直中の少陰と謂う。
少陰病は表虚寒の証なれども、陽氣回復するときは表虚は表実に変じ、寒は熱に変じて陽証と為ることあり。
と、私のノートにはまとめております。
「持重は常なり」普段慢性疾患をみるにあたっては持重が常である。
「猶、経と権とを知らざれば道全からざるが如し。」難しいですね…
「経」は普遍的な法則的なもの、「権」は現実的に起こる例外的なもの、臨機応変に現実を見ながら対処すべきことと解釈できそうですね。
「経」が先表後裏、「権」が先急後緩です。
一、脈学は、先ず浮沈の二脈を経とし、緩急、遅速、滑濇の六脈を緯として、病の進退、血気の旺衰を考究するときは、其の餘の脈義、追々手に入るものなり。
脈証の学び方です。
浮と沈、表裏を現す二つの脈が経(縦糸)であり、緩急、遅速、滑濇が偉(横糸)である。
傷寒論には26脈が記載されていると言われます。数えたことはありません、傷寒論講義に書いてあったので。脈証は私は取れませんし、習得するのに大変な年月を要します。その代わりに糸練功を使っているのです。
以下、傷寒論講義ノートからです。
浮 浮は表熱の脈にして病陽位に在るの候なり。
沈 沈は裏寒の脈にして病陰位に在るの候なり。実証にして気血壅滯(ようたい?壅は塞ぐの意)する者も亦沈脈を現す。
遲 医者の一呼吸中に病者の脈拍三至以下なるを遲と為す。遲は虚寒の脈なり。又熱邪内結して胃実腹満する場合にも遅脈を現す。これ陽明病の一候なり。
數 医者の一呼吸中に病者の脈拍六至以上なるを數と為す。數は熱脈なり。久病にて數脈を現す者は凶候なり。何病にても數脈は軽視すべからず。
疾 數脈の一種。疾は盛熱の候なり。
促 促は速にして迫るなり。促は表解せざるの候と為す。
緩 遲ならず、數ならず。中和平穏の脈なり。平人無病の常脈と為す。諸病緩脈を見す者は佳兆なり。
緊 緊張の強き脈なり。緊を邪氣重きの候と為す。
弦 弓弦を張りて之を按ずるが如く、抵抗の強き脈を謂う。弦を少陽の脈候と為す。緊と弦とは判別し難し。
實 脈管常に膨膨するが如き者を謂う。多血の候と為す。
虚 脈に力無きを謂う。
洪 洪は洪水の洪なり。洪脈は必ず浮、緊を帯ぶ。之を熱勢甚だしきの候と為す。
大 脈の形闊大なるを謂う。洪と大は判別し難し。
小 細脈に同じ。虚候の脈と為す。
微 諸病虚脱の脈にして最も悪候と為す。
弱 弱は沈細を帯ぶ。微と判別し難し。
芤 芤とは草の名にして、其の葉蔥に類して中空なり。諸失血過多、産後に此脈多し。陽脈とすれども大虚の候と為す。
滑 浮の一種にして滑かなる脈なり。
濇 滑の反対なり。渋脈に同じ。気血倶に虚するの候なり。
結 脈忽ち止まりて復た来る者を謂う。
代 代は結に似て少しく異なる。代は更代の義なり。
長 三指を以って之を按ずるに、脈に餘ありて三指の外に出づる者を謂う。弦緊の二脈は長を兼ぬ。
短 長の反対なり。三指に足らざる者を謂う。
停 厥 此二脈は其義明らかならず。
脈を候はんと欲せば、先づ中指を以って掌後高骨(橈骨突起)の上に当て、次いで齊しく示環の二指を下し、若し病者の臂長ければ其の指を疎排し、臂短ければ其の指を密排す。然る後ち気を鎮め、心を指下に聚め、先づ軽く之を按し次いで重く之を壓し(おし)、指を上下左右して以って委さに脈の性質を候ふべし。
解説(12)につづく