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栗園醫訓五十七則

写真 (3).JPG浅田宗伯先生は、幕末から明治にかけて活躍された漢方の名医。
名は「直民」「惟常」、字は「識此」、通称「宗伯」、号は「栗園」。

親しい先生からは宗伯翁と呼ばれ、門弟からは栗園(りつえん)先生と呼ばれていたようです。
非常に多くの伝説的な逸話や治験が残されております。浅田先生は大変な努力家で、駕籠の中でもずっと本を読まれて勉強されていたと聞きます。

浅田先生の一門に受け継がれている漢方を「浅田流漢方」と言います。
私自身は浅田流漢方の直系の教えを受けた人間ではありませんし、門人ではありません。
しかしながら、浅田流の本に学んだことが非常に多く、また私の師匠も浅田流を多く取り入れていること、浅田流を尊重した長倉音蔵氏からの流れにある薬局漢方に影響をうけていることから、浅田流のはしくれにいる一人と勝手に思っています。

20代の頃だったと思いますが、浅田一門の銘となる「栗園医訓五十七則」を書き起こしたものをここに掲載いたします。(解説編はこちらから

私はまだまだ人間ができておりません。努力も足らず、工夫も足らず…
反省することが多いです。でも、時々【栗園醫訓五十七則】を眺めて気持ちを引き締めたいと思っています。

一、常須識之勿令誤と云ふこと、平生油断すべからず心得べし。

一、証を審らかに弁じて治法を定むる事、医第一に研究すべし。

一、病因と病源と病症とを詳らかにすべき事。

一、虚心にして病者を診すべし。何病を療治するにも、兎角早見えの為る時、拍子に載せられて、誤るものなり。

一、新病と痼疾とを別ち、先ず新病を治して而る後に痼疾を療すべし。

一、古方を主として、後世方を運用すべき事。

一、其人の強壮羸弱と病の軽重緩急とを権りて薬の大小多少の剤を定むべし。

一、傷寒雑病とも三陰三陽の病位を定むべき事。

一、各国の風土病情を審らかにすべき事。

一、病情病機と云うことを弁別して、其の情機を失ふべからず。

一、正気と邪気とを紊るべからず。

一、巫を信じて医を信ぜざるものと、財を重んじて命を軽くするものは、速やかに辞しさるべし。

一、少年、壮年、老衰に拘りて、治を誤るべからず。

一、諸病、先ず必ず、順、険、逆を定むべき事。

一、陰陽、表裏、虚実、寒熱は医家の心法なり、萬病に臨んで此の八つを精細に弁ずべし。

一、婦人を診する、必ず先ず経期の当否、胎産の有無を詳らかに問ふべし。

一、壮男を診する、黴毒の有無を諦視すべし。

一、薬は偏性の者なり、無毒平淡の品と雖も、攻むべきの病なくば、妄に用ゆべからず。況んや有毒酷烈の品に於てをや。

一、病者は必ず宿疾を詳らかにすべし。風家、喘家、淋家、酒客の類、是なり。

一、貴薬を重んじて賤味を軽んずべからず、他山の石、玉を攻むと云うこと、苓、時ありて帝と云うを玩味すべし。

一、諸病ともに胃気の旺衰を視るべし。故に傷寒論中、往々胃気を論じて諸症の段落とす。

一、病は気血の変なり。脈を診する、尤も気血の盛衰を察すべし。

一、鍼灸は輔治の要術なり。疾尤も其の治効を明かにすべし。

一、諸病に不治の証、不順の脈と云ふことあり。心得べし。

一、診定しがたき病人に妄に薬を施すべからず。

一、小児に専疾あり、亦専薬を施すべからず。

一、薬剤の再煎、麻沸及び先煮、後煮の別、混ずべからず。

一、湯、散、丸の分別、研究すべし。

一、薬の修治は、製して毒を増すものは必ず製すべし。

一、病、上焦にあるものは、必ず薬剤を軽くすべし。又腹満、水腫等の如きは薬剤を大量にすべし。

一、蚘蟲を兼ぬるものは、先ず駆虫の剤を与へ、而る後に本病の薬を与うべし。

一、汗、吐、下、和、温の別、能くけん別すべし。

一、故なくして処方を転ずべからず。山東洋常に戒めて曰く、医自易と云う。

一、陰、陽、表、裏は病位なり。発、攻、温、清は法の極なり。大小二一は方の製なり。此の三者を詳らかにして、治療精細にすべし。

一、医経経方は医の法なり。臨機応変は医の意なり。医意を精しくして聖治を用ゆるときは上工に至るべし。

一、治療に先後と云う事あり。或は先表後裏、或は救裏治表、或は先ず小建中を用ひて後に小柴胡、或は小承気を与へて後に大承気、或は小柴胡を与へて後に柴胡加芒硝、或は甘草湯より桔梗湯と云ふ、先後の次第を誤るべからず。

一、逆治と云ふことを慎むべし。汗すべきを下し、下すべきを吐するの類なり。

一、治療に逐機、持重と云ふ二端あり。逐機は病変ずるときは方随って転ずるなり。持重は病動かざるときは泰然として一方を主張するなり。持重は常なり。猶、経と権とを知らざれば道全からざるが如し。

一、脈学は、先ず浮沈の二脈を経とし、緩急、遅速、滑濇の六脈を緯として、病の進退、血気の旺衰を考究するときは、其の餘の脈義、追々手に入るものなり。

一、脈を捨て証をとることあり。脈沈遅に柴胡、承気を用ゆるの類これなり。証を捨て脈をとることあり。頭痛発熱に麻附細辛、四逆を用ゆるの類これなり。取捨の間、即ち医の枢機なり。精苦分別すべし。

一、古人病を診するに、初一念と云ふことあり。是は常に病人を診するに、先ず其の容貌を見、未だ其の脈を診せざる先に、何とやらん初一念に叶はず形気あしく死相を具へたる病人あり。又初めて診するに、何ほど苦悩強き病人も形気初一念にあしきことなく、死相を具へざる者あり。此の二つの者は未だ脈を診せずといへども、其の善悪自然と初一念にうかぶなり。此の眼目を平生よくよく心懸くべし。

一、医の術は活物を向に引き受けてすることなるに、死物の規矩準縄を引きあててする事間違いのことなり。青洲の活物窮理と云ふこと、尤のことなり。『医範提綱』や『全体新論』を読みて医を論ずるものは夢中の談と云ふべし。

一、医家の一枚起請と云ふことあり。胸郭くつろがざれば心下はすかず、表解せざれば裏和せずと云ふ如き、肝要の手段を領得するを云ふなり。

一、病人其の勢猛烈にして対証の薬を用ひて反って扞格の勢益々熾んになる者は、彼の幕にて鉄砲を受くるの術を行ふべし。是万病に望む第一の心得なり。

一、服薬の法、徐服、頓服、冷服或は露宿、或は時に先だって服すなど、よく其の時合を考へて、夫々の宜しき処に随ふべし。熱因寒用して、附子を冷服せしむること、最も妙用なり。

一、医に大家小家の別あり。大家の療治風をよく見習ふべし。小家の療治を学ばば、自然と小刀細工になり、上達せぬものなり。

一、医按を書くには冠宗奭の『本草衍義』凡例の按、許叔微の『本事方』の按を主とすべし。倉公伝の按は古文なれども、儒者の手になりて学びがたし。

一、医学の次第、周には四職とす、漢に医経経方と定むれども、其の書伝はらず。宋には脈病証治の四科とす、是を規則とすべし。

一、『周礼』の天官医職、『史記』の扁鵲伝、『本草序列』、『千金方』の大医習業の四部は医家必読の書なり。熟読すべし。

一、本草毒草の部、尤も鴻益あり。熟読すべし。

一、病に標本と云ふことあり。標は現今の急証なり。本は本源の病なり。時に臨んでは、その本源を捨て急を救ふべし、故に急則救其標と云ふなり。

一、病に主客の別あり。故に一方中にても主客の差別あり。桂枝(湯)は解肌を主とす。桂枝にて解肌すれば、頭痛、身疼、発熱、悪寒等の客証は癒ゆるなり。小柴胡湯は胸脇の邪を清解するを主とす。柴胡にて胸脇苦満、心煩を治すれば、往来寒熱、或は証等、幾多の候は治するなり。また、宿食腹満なれば先ず其の食滞を捨て腹満の薬を用ゆるときは癒ゆることなし。是を主客の別とするなり。又一証の中にも主客の別あり。吐而渇するものは吐を以って主とす。満而吐者は満を以って主とす、此の類尤も多し。

一、一方中に劇易と云ふことあり。大柴胡湯は心下急、鬱々微煩等を易証とす、心下痞鞭、嘔吐而下利等を劇証とす。小建中湯は悸而煩を易とす、腹中急痛を劇とす。呉茱萸湯は嘔而胸満、或は乾嘔、吐涎沫、頭痛を易とす、吐利、手足厥冷、煩燥欲死を劇とす。此の類尤も多し。

一、証の有無と云ふことも心得べし。桂枝湯は悪寒ありて喘なし。麻黄湯は喘ありて悪寒なし。桂枝湯は発熱あれば身疼痛あり、もし痛あれば発熱なし、麻黄湯は発熱して疼痛あり、もし発熱、悪寒、身疼痛する者は大青竜湯なり。葛根湯は項強ありて頭痛なし。桂枝湯は頭痛ありて項強なし。発熱の一証も、頭痛悪寒あれば桂枝湯、嘔あれば小柴胡湯、唯発熱ばかりなれば調胃承気湯なり。此の目的を失ふべからず。

一、提因と云ふこと知るべし。咳喘の証、表邪によらざるものは心下有水気と因を提るなり。少腹満の症も小便不利によらざるものは熱結膀胱と因を提るなり。此の類猶多し、研究すべし。病の所在と云ふことあり。表、裏、内、外を以て分つべし。一身、頭項、背腰等は表なり。鼻口、咽喉、胸腹、前後竅は裏なり。外体に専らなるものを外証と云ふ。外面にあづからず、内に充満するものを内症と云ふ。此の四証を区別して方を処するを、病の所在を知ると云ふなり。

一、病証の診察に熟する上は、方と法とを審らかにするを要とす。薬に方と云ひ、治に法と云ふ、法定まりて而して後に方定まるものなれば、先ず其の治法の先後、順逆、主客を審らかにして、処方を定むべし。方と云ふは『易』に所謂立不易方の方にて、桂枝湯は桂枝の主証あり、麻黄湯は麻黄の主証あり、柴胡湯、承気湯、四逆湯は皆各主証ありて変易すべからず、此れを失誤せぬやうに治療するを吾道の大成と云ふなり。


解説については、恥ずかしながら過去に【栗園醫訓五十七則】についてブログで取り上げたものを再編してこちらにアップしております。

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