栗園醫訓五十七則 解説(10)
一、医経経方は医の法なり。臨機応変は医の意なり。医意を精しくして聖治を用ゆるときは上工に至るべし。
漢方を学ぶ時に、医経・経方・本草という分野を勉強しろと言われます。
医経は、漢方医学の理論背景です。広くみれば東洋医学全般の理論背景であるところの黄帝内経素問霊枢難経までを含めて言います。黄帝内経の霊枢難経は鍼灸の先生方が得意なところです。
西洋医学で言えば、病態生理学・解剖学などに対応するものです。
経方は、薬方学で、薬方の具体的な運用方法の勉強です。
漢方屋はもっぱらここをやっています。
本草は、生薬一味一味の性質・薬効などについての勉強です。
神農本草経、本草綱目などの古典に代表されます。
「臨機応変は医の意なり」とは以前にも挙げた、亀井南冥の言葉に由来するのかなと思います。
「医者意也意生於学方無今古要期乎治」
(医は意なり、意は学に生ず、方に今古なし、治を期するを要す)と残しています。
大塚敬節先生が書いた有名な意訳が、
「医術に古方だの今方だのの区別はない、病気を治せばよいのだ」
です。
「精しくして」とは「くわしくして」と読みます。
上工というのは、未病を治すような名医のことです。シッカリ勉強して、その知識を臨機応変に使い、きちんとした治療をしなさいよということかな。いやいやなかなか…
一、治療に先後と云う事あり。或は先表後裏、或は救裏治表、或は先ず小建中を用ひて後に小柴胡、或は小承気を与へて後に大承気、或は小柴胡を与へて後に柴胡加芒硝、或は甘草湯より桔梗湯と云ふ、先後の次第を誤るべからず。
漢方の治療原則に関する訓です。
漢方の治療原則は、「先表後裏」です。
これが大原則です。体表にある病から順に治療して行きます。
表(体表)の病を先にして、裏(表に対してより深い部分)の病を後に治療します。
例外として、裏の病の勢いが強くこれを救わないと大変だ!というときに、「先急後緩」が出てきます。それを救裏治表という書き方をしています。
「先急後緩」についての傷寒論の記載は次の条文があります。
『傷寒、医之を下し、続いて下利を得、清穀止まず、身疼痛の者は、急に当に裏を救うべし、後身疼痛、清便自調の者は、急に当に表を救うべし、裏を救うは四逆湯に宜し、表を救うは桂枝湯に宜し。』
「傷寒」と断っているのは、体表に病のある状態であることを指します。表の治療をすべきなのに、誤って下剤で下してしまった。そうすると下利になって、しゃーしゃー。清穀止まず。でも身疼痛だから、表の病は依然として残っている。原則は先表後裏だけども、このしゃーしゃーの下利をどうにかしないと大変だ。四逆湯みたいな薬でまず裏を救って、それで下利が治まったら(清便自調)、桂枝湯みたいな薬で表の治療をするとよい。
といった治療順序を誤るなと。
一、逆治と云ふことを慎むべし。汗すべきを下し、下すべきを吐するの類なり。
先の訓にあるように、本来発汗させるべきで下すべきじゃない時に下剤を与えたり、下すべき時に吐かせたりすると逆治になってしまう。慎みなさいと。
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