栗園醫訓五十七則 解説(15)
一、証の有無と云ふことも心得べし。桂枝湯は悪寒ありて喘なし。麻黄湯は喘ありて悪寒なし。桂枝湯は発熱あれば身疼痛あり、もし痛あれば発熱なし、麻黄湯は発熱して疼痛あり、もし発熱、悪寒、身疼痛する者は大青竜湯なり。葛根湯は項強ありて頭痛なし。桂枝湯は頭痛ありて項強なし。発熱の一証も、頭痛悪寒あれば桂枝湯、嘔あれば小柴胡湯、唯発熱ばかりなれば調胃承気湯なり。此の目的を失ふべからず。
似たような病態・病期に用いる薬方の鑑別についてです。
桂枝湯には悪寒ありて喘なし、麻黄湯は喘ありて悪寒なし。
薬味をみると、桂枝湯には喘をとる薬味はありませんが、麻黄湯は麻黄甘草は甘草麻黄湯の方意、更に杏仁が入って喘に対する薬味がはっきりと含まれています。
薬味をみていくだけでも、この薬方にはこういう症状に対応する部分があるな・・・と考えていくことができますね。
薬方の証を覚えようと思ったらきりがありません。薬味のはたらきを考えることですよね。
一、提因と云ふこと知るべし。咳喘の証、表邪によらざるものは心下有水気と因を提るなり。少腹満の症も小便不利によらざるものは熱結膀胱と因を提るなり。此の類猶多し、研究すべし。
提因(ていいん)、提る(かかぐる)です。
心下有水気は小青竜湯証、熱膀胱に結ぶは桃核承気湯の条文を参考に。
古方の薬方の中には、ひとつの薬方の中に標本が備わっているものがあります。
小青竜湯は表寒が標治の中の標治、胃内停水が標治の中の本治、下焦の寒が本治です。
そういった原因を掲げているものをよく研究して活用し、本治をより深く探ることが臨床上は重要になると思われます。
一、病の所在と云ふことあり。表、裏、内、外を以て分つべし。一身、頭項、背腰等は表なり。鼻口、咽喉、胸腹、前後竅は裏なり。外体に専らなるものを外証と云ふ。外面にあづからず、内に充満するものを内症と云ふ。此の四証を区別して方を処するを、病の所在を知ると云ふなり。
これは読んでそのままですね。東洋医学的な解剖の考え方です。
閑話休題。
漢方の世界は生涯勉強です。やめるまで勉強が続きます。
東洋医学は、恐らくほぼ完成された医学体系でしょう。ただ、私たちの生きている時間の中でこれをマスターするには現代という時代においてはかなり難しい。
その難しい理由をひと言では言い難いのですが、入江先生の話が参考になります。
私の漢方の師匠の師匠、故・入江正先生は大変な努力家でした。
入江先生の「臨床東洋医学原論」(入手困難でしょう・・・)には、次のようにあります。
私の机の横には、東洋医学と関係した歴史を示す大学ノートが、身長を越すほど積まれている。
先人の古典の研究・解説・口訣・治験例などがビッシリと手書きで分類整理されているものである。
しかし、これ等は努力の割には極めて貧しい収穫しか私に渡さなかった。
入江先生は背丈の何倍もの本を読み、それをまとめたノートが背丈を越えるほど努力したのに、その結果は満足の行くものではなかったと(恐らく、それでもかなりの腕前だったと推測されますが)。
そして、入江先生は微小な反応を感知する入江式フィンガーテストを開発され、元来の数学者としての気質から東洋医学の古典に書かれていることを実験的アプローチで証明されて行きました。
私も縁があってこの道に入りました。大学時代に幸運にも漢方を教えてくれる先生が学校に在籍されており、最低限必要な知識を得るための授業を受けることができ、更に自分でもある程度の専門書を入手して勉強していました。ですので、薬剤師になったばかりの頃でも、勉強会に参加して難しいと思うことはありませんでした。
しかし、今思えば、当時の私が習った漢方は言ってみれば入門程度のレベルです。
それでもわかるレベルの勉強をしているのが今の一般的な薬剤師向けの漢方です。
入江先生の本には更に、次のように書かれています。
漢方の教育システムを設備と内容に分けた場合、現在の日本では設備は簡単に作る事が出来るが内容を揃える事は出来ないのである。原因は二つある。一つは教科書が無いことであり、もう一つは先生が不在である事である。・・・(中略)・・・長沢道寿(1637年没)は医の資格基準を大学と小学の二段階に分けた。
その小学の資格基準を満たすには次の条件が必須であるという。
① 薬の陰陽・気味・功能を弁ず。凡そ三百余種。
② 古方の本旨及び其の製法を弁ず。凡そ三百余法。
③ 治療の大法を識る。凡そ五十門。
④ 古医案を参し、意を以って方を処す。凡そ五百余条。
⑤ 脈を弁ず。
⑥ 鍼灸、兪穴の在る所を弁ず。凡そ百余所。
⑦ 医書、経方を羽翼すべき著を講習す。十余部。
これが小学七科…!?泣きそうになります…
さて、脱線したところで最後の訓です。
一、病証の診察に熟する上は、方と法とを審らかにするを要とす。薬に方と云ひ、治に法と云ふ、法定まりて而して後に方定まるものなれば、先ず其の治法の先後、順逆、主客を審らかにして、処方を定むべし。方と云ふは『易』に所謂立不易方の方にて、桂枝湯は桂枝の主証あり、麻黄湯は麻黄の主証あり、柴胡湯、承気湯、四逆湯は皆各主証ありて変易すべからず、此れを失誤せぬやうに治療するを吾道の大成と云ふなり。
今までの訓に細かく書かれたことを最後にざっとまとめられて、念を押されていますね。
これで栗園医訓五十七則を終わります。
ツイート
Share